12/23にこだわる

クリスマスって、キリストの生誕祭な訳だけど、ちまたでは恋人たちのイベントディで、神の子が生まれようが歳を重ねようがノープロブレム。
あ、そうそう、
祝日が平日になっても、なぜかその日に演奏会を入れてきた伝統を守る団体の定期演奏会へ行ってきました。

第56回三重大学ギターマンドリンクラブ定期演奏会
です。

昨年は、無観客開催に。
コロナ禍で二年間、新入生をほぼ迎えることができなくて、練習も、メンバーが決まってきた秋以降のこと。

院生やリーダーの時に有観客で演奏できなかった四年生等も参加されていて。彼らは、通常は卒団生の扱いになっているメンバー。

舞台はそんな面からも、やる気に満ちていました。

興味深かったのは
我が団でも名高き作曲家、モチーフ君の曲を演奏されていることだ。

彼は、量産型だなぁ。

なのに、被ることがない。
玉手箱である。

気がつくと、瞬く間に時は過ぎ、ポップスからオリジナルまで、あっという間の良いステージでした。

技術指導でかおを出していたモッチーも、涙がこぼれるほどの演奏だったようで。本番に過去一のパフォーマンス。最高です。

なべちゃんは、こうおもったのだよ。

有観客の良いところは、
すぐお互いが言葉を交わせることだなぁ、と。

同窓生と、作曲家と、演奏者と、指導者と。この中には、いつか、私達meets.に繋がる人もいるかもやしれぬ。

終演後は、明るい声のなかを抜け、meets.の仲間と腹ごなしへ。

ご飯も大事なコミュニケーション 。そんな私たちも 来年は モチーフくんの新曲をひっさげ有観客で定期演奏会を実施する予定です

meets.はつづくよどこまでも。

本日はドラのなべちゃんでした、

メリクリ。良い年越しをお迎えください。

テケトーでいいのは飲み会のオーダーぐらいなもんで

今日は、弾き納め、本年最後の練習である。
少数精鋭の練習は
パーマをかけてきゃわいくイメチェンを果たしたイケジョに、ちょいちょいダメ出しを喰らいながら進んでいく、というね。


理由は簡単。
テケトーに弾いてるから
な、らしい。

何が適当なのか?


リズム、音量、フレージング、

これにつきる。


今回の曲は、変拍子やポリリズムがある。同じ五拍子も「膝枕」と「こたつ猫」ではのせ方が違う。
前に出したい音を食うほどしゃしゃりでる音は下品になる。
息をするように歌うことが楽器でもできるなら。
そんな意識もせず、テケトーに弾きやがって。


イケジョの言い分はこれにつきる。

少し心を寄せるだけで、テケトーはおさまる。テクニックは日々の練習で裏付けていくものだが、テケトーは心の鍛練だ。大切なことだ。

練習後は、家路を急ぐ仲間とお腹の減り具合に夕飯難民のていの仲間とに、二分される。
きゃわいいイケジョはきゃわいいイチゴパフェを喰らって、寒さにやられて紅茶を頼んでた。なべちゃんはもちろん、飢餓状態なので、南蛮、唐揚げ定食をたべたよ。付き合ってご飯してくれた仲間に感謝して、家路につきました。

よいお年を。meets.はつづくよどこまでも。

本日はドラのなべちゃんでした。

説教、念仏、それらの望みは。

毎日寒いね。
スキーも温泉も、呑んだり食べたりも、
なぁんていい時期が来ましたねぇ✨

今日、なべちゃんは報恩講でして、
正信偈を声高らかではなく、感染をかんがみボソボソ声で唱和してから、説教を受けました。
説教の内容が「念仏とは?」でして、念仏は自分の願いを叶えるための呪文でも魔法の言葉でもなく、十悪にまみれた自分にきづきなさい、という仏の願いなんだそうです。
ふうん、お願いばっかして、私、エゴの固まりやったんやなぁ、と反省してからの。
そんな、
本堂できんきんに冷えた身体を、インド人の作るカレーで温めてから、練習へ。

すると、スコアとにらめっこしながら、奏者と言葉を交わし曲を組み立てていく指揮者の姿があるわけです。

聖人の言葉が思い出されます。

本来、念仏には仏の願いが書かれており、「人の持つ杓子定規で物事を図りなさるな」と言っておるのです。
それを思い出すために、人は念仏を唱えるのです。

ちょいまてよ…。

私たちが練習に来るのは、
自分の馴れで好きなように奏でるのではなく、
スコアの指し示すように、
くすしく組まれた音の波を思い出すために合奏の場があるのでは、と。

イケジョ聖人と
メーテル聖人による
心地いい説法が
私たちを音楽の国へ導いてくれてるのでは、と。

あぁ、
こんな心地のいい説教なら、
音楽の国に導いてもらうのも、ありかも。

なまんだぶぶ、なまんだぶぶーーー

ミーツは続くよ、どこまでも。

今日は、ドラのなべちゃんでしたー♪