一家に一台マンドリン帝国

今日は、待ちに待ったJMU です。

朝も早くから
遠い方は近隣県に前乗りして
三々五々に人々が集まる。

お祭りの始まりだ。

駄菓子菓子、
毎年、JMU 中部の会長が言う。

「この会は、各地区で活動を続けている団が一堂に会し交流すると受け取ってる方が多いが、参加者が二人ずつお声掛けをし、客席を満員にし、耳にした人々がマンドリン音楽に魅了されて、結果、楽器を手に取り(試奏コーナー)、『一家に一台マンドリン』の時代がやってくる、
というそういう計画なのだよ!!!」

皆よ聞け!

この、壮大なるマンドリン帝国設立の野望を!!

てなわけで、
ここの住民は、まるで、EUのごとく国境を越えて生活する。
どの団に属していても、お互いのよさを感じ、移民の受け入れも穏やかだ。

それは、フェスティバル終了後の交流会でも知ることができる。

今回の驚きは、

一年越しのギターアンサンブルチーム

まぁまぁの大曲を『せーの、どん』で合奏する即席オーケストラ

だ。

あぁ、みんな、楽器を奏でること、音楽を作ること、が好きすぎるんだなぁ。

meets.は続くよどこまでも。

今回は、交流会後に『赤から』に向かうマンドリン帝国の先住民を見送り、イケジョと共に家路についたなべちゃんでした。

映像と言語。

今日は、練習だった。
東海地区のマンドリン合奏団たちのお祭りJMUに向けての最終練習日でした。

なべちゃん、ご用で遅刻で向かう。イケメン(若)の時間はすんでいたので、それは、ベーシスト(N)の動画で補うとして、練習に合流する。

今日のフランス人形、
また、通せなかったけど、フレーズ事の表現にも感情をのせてほしいと言葉に力が宿る。

「そこは、食いつく勢いで、掛け合いに焦燥感をもって」
すると、
ガチ飛び込み勢が現れる。

「休符を演奏してほしいので、相手の音を聴いて」と複数パート抜き出し合わせる
すると、
ベースが聴きやすいからそれにあわせます、返ってくる。

指揮者的には、
まずは、
「指揮にあわせろやーー!!」
なのだが、指揮が持ってる意図を言葉で現すと、日本語がうまいこと伝わらなかった、と言う事態になる。

奏者一人一人のなかに、スコアの概要が入るまではよくおこる現象。

恋人同士でも、察するのはむずかしい。

なんでもそうだけど、時間って大切ね。いろんな意味で。

meets.は続くよどこまでも。
動画をみたら、通しまでの練習がイケメン(若)の『命』的な静止画像で、なんやら、あんまり入ってこなかったなべちゃんでした。

リハが楽しみ✨

オペラ歌手とフランス人形

こんにちは。

午前から午後までのフル参加は、久しぶり。

朝いちばんは、アンサンブルの振り返りをしながら指いれ。一人の音色が、音として成り立っていて、仲間の音とハーモニーになる。一人一人が指揮者のごとく、バランスを感じながら…と言うか。

難しいね。『はいドン♪』でできるものではなくて、いや、『ハイドン』がダメなら『モーツァルト』といくか…なんて、下らないだじゃれが思い浮かぶ。

さておき、合奏。

イケメン若の時間。相変わらず内科か皮膚科の先生のような口調で合奏はすすむのであるが、今日はやたらと歌い上げる。

「そーですねー、ここは、以前説明したように、ワンフレーズ毎クレスを、その、ゥラァーゥラァーーー↗ゥラァーゥラァーーー↗しっかり最後まで✨おしっぱなしもそもそも不可能なんで、ちょい落としてみてからのゥラァァーゥラァーーーァ↗そぅです!それでいきましょう✨」

全編この調子で、今日は音の色味ではなく濃淡の具合をオペラ的に歌い上げていた。さて、みんなのピックさばきに届いたでしょうか?

後半は、東京からの使者の時間。オペラ歌手の去り際がいくぶんおしたために『あぁ、けやきがとぉのいていく。』が、最終的に『けやきがみあたらなくなる』と言う流れで、なまらフランス人形は通したいのをこらえ、掘り下げたいのもおさえ、整理整頓をすすめる。

『今日は、セカンドが揃ってるので、よく聴こえてきます✨』と繰り返す。倍音の鳴る歌声、のようにメインの音に付かず離れず鳴るそれは音楽にふくよかさを与え心地いい音色に塗り替える。

二つの練習が目指す先は、演奏会でありながら、景色の違う道のりを歩んでいる。そんな感じだった。山に幾通りもの登山道がある、のに同じ。

そんなこんなをガスってプチ反省会。

フランス人形が、オペラ歌手の目指すとこの解説をしてくれる。その後は、しれっと雑談に。

普段の生活のひとこまから、バイクはいいよ。でもむき身で危険。むき身って丸裸?それはやばいやつ(笑)自転車よりか便利だが盗まれやすい。警察から取りに来いと連絡があったときには、もとの姿ではないことがある。生活改善はそもそも根本的問題解決を。縁を切るのがいいだろう。縁切るなら、縁切り寺だろう。縁とは、思い浮かぶべき腐れ縁だけではなく、過去の自分や卒業すべき悪習もさす。旅にでることが、そうならば、是非いきたいところがある!

こんな流れで、練習の反省会が旅行計画に早変わり。

こんな感じで、飛び回る話題をやり取りできる仲間があると言うのは、心地いいものである。

辛いときに必要なのは、『熱中できる趣味と語り合える友と美味しい料理』という。

まさに、meets.は続くよどこまでも。

本日は、飼い猫の半のら具合がすごくて、部屋のあちこちにドングリと尻尾のないトカゲの死体があってメイちゃんか千になった気分✨のなべちゃんでした。